話しかけないでください。オタクのことが嫌いです

オタクの嫌いなところを列挙したり解説します。ときにはオタク達の矛盾を指摘します。話しかけてもいいですよ。でも。オタクのことが嫌いです。

アニメと選挙とチョコレート

世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ口を噤んで孤独に暮らせ。それも嫌なら……

 

投票しる~♪

 

……

 

告白しよう、僕は「投票をしない若者」である。

前の選挙も投票しませんでした。寒かったし、支持する自民党は圧勝だろうと思ったし。

たとえ寒くなくても自民党が危うくても投票しなかっただろうと思います。

自分の一票で何が変わるとも思えない。

 

さて、そんなダメなぼくちんに似ている奴がいます。

オタクです。

ではどんなところが似ているのか、見てみましょう。

 

僕とオタクの相違点

どんなところが似ているか見ていくと言ったにもかかわらず、まず最初に僕とオタクのどんなところが「似ていないか」というところから話を始めさせていただきます。

僕は投票をしませんが、だからこそ、政治に文句は言いません。

もっとも、投票しなかったところで政治に文句を言う権利が無いなんて乱暴な話を信じてはいませんが、とりあえず政治批判はしません。

僕は政治の専門家ではないし、僕より専門家の方が詳しいだろうからです。逆に、政治的な話をニュースでしていても、政治的な主張はともかく、その根拠となる統計データの扱いや論理の瑕疵などは僕の判断できる限りにおいて批判はします、が、政治批判はしません。

それに対し、オタクの中でも僕が嫌いな種類のオタクは、よく批判をします。

中でもよくあるのが「最近のアニメは萌えばかり」「もっと~が流行れよ」「~の何が面白いのか分からん」などです。

さて、そろそろ僕がこの記事において、何と何を対応付けて話そうとしているか、分かったでしょうか?

「アニメ」と「政治」です。

 

選挙と投票の意味

「アニメ」と「政治」を対応付けて考えるとき、政治における「選挙」や「投票」は何に当たるでしょうか?

僕の考えでは、それはおおまかに行って「覇権選挙」と「購入」です。

まず「覇権選挙」というのは僕が苦し紛れに作った造語で、そんなものは実在しません。いわゆる「覇権アニメ」を選別する、自然的で捉える事の出来ない、ただの現象です。

その理解のためにまず「購入」について考えてみましょう。

あるアニメが流行し、覇権となるためには、当然ながら多くのオタクがそのアニメのDVDなりブルーレイなりを購入する必要があります。つまりこれが、実質的な「投票」になっているわけです。

政治において「ここが政権を握るべき」と考える政党に投票するのと同じく、「これが売れるべき」と思うアニメのDVDやブルーレイを購入し、「投票」することが可能、というわけです。

 

この議論のターゲット

さて、僕はこの記事を誰に向けて書いているのでしょうか?

それは、「僕のような投票をしない若者を批判」し、かつ「アニメの流行や現状に文句を言うわりに買わないオタク」です。

僕はつまり、批判対象である僕(=投票しない若者)と批判する側(=購入しないオタク)を同一視し、「同じ穴の狢じゃん」と言ってみたいわけです。

 

「アニメ」と「政治」の対応関係

では今一度、アニメと政治の対応関係を見ていきましょう

 

政治               アニメ

政党               ジャンル

議員               作品

選挙               覇権選挙

投票               購入

有権者              オタク 

投票しない            買わない

現政権              覇権ジャンル、覇権アニメ 

現政権への批判          覇権ジャンル、覇権アニメへの批判

今の政治状態への批判       今の流行への批判

 

といった具合です。

そしてさらに、こういう対応付けが出来る。

 

政治               アニメ

投票しない若者          購入しないオタク

 

この点において、ターゲットとして挙げた「投票をしない若者を批判」し、かつ「アニメの流行や現状に文句を言うわりに買わないオタク」は、矛盾を抱えています。

 

一票で変わるわけがない

 ところで僕はこの記事を単にある種のオタクへの批判で終わらせるつもりはありません。

ともすれば無視あるいは否定されがちな「投票しない若者」の心情――特に絶望――について、このような対応関係に基づいた比喩を用いて理解を促せないか――、

つまり、この場で「投票しない若者」である僕が、その代表をさせて貰って、弁明したいと思うのです。

僕の絶望は単純です。「一票で変わるわけがない」

正直に申せば、投票しても無駄だと思っています。投票というのは単に政治参加した気になるための、自己満足であると、そう思っています。

こう言えば反論がいろいろあるかもしれませんが、しかし、例えば「好きなアニメを覇権にするために、DVDを一枚だけ買う」というのは、果たして現実的な行為でしょうか?

一枚です。一枚しか許されていません。

 僕にはどうしても、それが馬鹿げた行為であるようにしか思えないのです。

 もしそれでも反論があるのなら、一度その反論を「アニメ」ヴァージョンに変換し、その上でその主張をもう一度吟味して貰えないでしょうか? とても馬鹿げて見えません? それ

 

最後に

最初に言ったように、僕と購入しないオタクには差異があります。

「批判をする/しない」という点です。

僕は政治を批判しません。購入しないオタクの一部は(僕の嫌いなオタクは)批判をします。そこが違いです。

つまり「購入しないで批判するオタク」は「投票しない若者」と同じであるだけでなく、「投票しない癖に政治批判はする若者」と同じだと言えるわけです。もう「若者」は外していいかもわかりませんね。

一応のところ、購入には金がかかるが投票にはかからない、という相違点はあり、今回の対応関係はそのままのみ込むことはできません。

ただそのことは結局、「不満の値段」を教えるものにしかならない、と考えます。

どれだけアニメの現状を憂いていようと、どれだけ今のアニメに不満を漏らそうと、それはせいぜい好きなアニメのDVD一枚くらいの値打ちしかない。

ということに、なりませんか?