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話しかけないでください。オタクのことが嫌いです

オタクの嫌いなところを列挙したり解説します。ときにはオタク達の矛盾を指摘します。話しかけてもいいですよ。でも。オタクのことが嫌いです。

ダンカイロンパ(アニメと選挙とチョコレート その2)

『僕は悪くない』

 

……

 

前回僕は「アニメ」と「選挙」を対応付け、その上で「投票しない若者」と「買わないオタク」について語りました。

アニメと選挙とチョコレート - 話しかけないでください。オタクのことが嫌いです

 

ここで更に、この対応関係を使い、語ってみようと思います。

 

対応関係おさらい

アニメと政治を対応付けると、以下のような対比が見えてきます。

 

政治               アニメ

政党               ジャンル

議員               作品

選挙               覇権選挙

投票               購入

有権者              オタク 

投票しない            買わない

現政権              覇権ジャンル、覇権アニメ 

現政権への批判          覇権ジャンル、覇権アニメへの批判

今の政治状態への批判       今の流行への批判

投票しない若者          購入しないオタク

投票しない癖に政治批判はする者  購入しない癖にアニメの流行は叩くオタク

投票用紙             DVD一枚分のお金

 

といった具合ですね。

更に現在の状況を加味するとこういうことも言えます。

 

政治               アニメ

自民党              萌え

アンチ自民党           硬派厨

自民党支持派           萌え豚

 

ただし、上記に関してはアニメと政治で立場が違うことがありえます。

硬派厨だけど自民党支持だったり、萌え豚だけどアンチ自民党でも何の問題も無いわけですね。

さて、僕自身は「投票しない若者」に含まれるわけですが、

そんな僕は時折こんな言説に出会います。

 

投票しないと困るのは若者自身

他には「政治家は票をくれる人のために政治をする」「若者不遇の政治は投票しない若者の自業自得」などですかね。

それ自体に直接反論してもいいわけですが、ここは折角ですから「アニメ」と「政治」の対応関係を用いてこれらの言説を変換してみましょう。

 

政治               アニメ

投票しないと困るのは若者     購入しないと困るのは硬派厨

 

政治家は             アニメ製作者は

票をくれる人のために政治をする  金をくれる人のためにアニメを作る

 

若者不遇の政治は         硬派厨不遇の今のアニメ界は

投票しない若者の自業自得     購入しない硬派厨の自業自得

 

さてさて、いかがでしょうか? もう今回僕がしたい事は分かったかと思います。

「投票しない若者」や「政治的に不遇な若者」に対するこうした言説がいかに理不尽であるか、「アニメ⇔政治」変換で見えてくるのです。

あるいはそれらの言説は理不尽でもなんでもないのかもしれません。そのときには、購入しない硬派厨のみなさんがいかに自業自得であるかが浮き彫りになるわけです。

といっても前回同様、「批判する/しない」の差異による区別は忘れてほしくはありませんが。

 

アニメは誰のためにあるべきか(政治は誰のためにあるべきか)

 では今度は角度を変えて見てみましょう。つまり有権者や視聴者の立場からではなく、政治家やアニメ製作者の立場からこの対比を眺めてみましょう。

そのときには、以下のような対比が見えてきます。

 

政治               アニメ

自らの政治思想          自らのアニメ哲学

公表する政治思想         実際にアニメに取り込むテーマ性やジャンル性

党の政治思想           盛り込んだジャンル周辺の傾向

有権者              オタク

投票する有権者          購入するオタク

無投票層             購入しないオタク

票                金

当選               次の製作費の確保

 

こうして見てもやはり、無投票層と購入しないオタクは重なるわけです。そして政治家やアニメ製作者側の立場から見てみるとなおさら、その存在を気にかけることの意義が少ないように思えてきませんか?

政治家も、アニメ製作者も、外側からはどれだけ票集めや商業主義に走っているように見えても、それぞれの思想なり哲学なりがあるものだと思います。

しかし継続的に活動するために「票」「金」が必要なのもまた事実。この理想と現実をすり合わせた結果が「実際の政治的振る舞い」「実際のアニメ」として結果されるわけです。そう考えると、実際上はやはり「無投票層」「購入しないオタク」の優先度は相対的に低いわけですね。

もちろん「すべての国民」「すべての視聴者」を満足させるのが理想ではあるんですけどね。

そうそう、政治思想上のポストモダンとアニメ嗜好上のポストモダンを合わせて考えても面白いかもしれません。これらのアナロジーを用いて、有効な政治戦略のヒントをアニメから得たり、アニメ戦略のヒントを政治から得たりといったこともできるかもしれませんね。

「政治は/アニメは誰のためにあるのか」「誰を満足させるべきなのか」政治とアニメの世界を行ったり来たりしながら考えてみるのもいいかもしれません。

 

自分自身のスタンス

最後に僕自身のスタンスを明らかにしましょう。

僕自身は何度も言ってるように「投票しない若者」です。「投票は無駄だ」とも思ってます。一方で「投票しなければ気にかけられなくて当たり前」とも思ってます。だから「政治を批判しない」ようにしています。もっと言えば「投票してもしなくても気にかけられなくて当たり前」だと思ってます。

そして基本的にはアニメに関しても同じです。

僕は「購入しないオタク」だし、「購入しても(製作者へのアピールという意味では)無駄だ」と感じているし、「購入しなければ気にかけられなくて当たり前」とも思ってます。そして「アニメの流行状況を批判しない」ようにしていますし、「購入してもしなくても気にかけられなくて当たり前」だと思ってます。

政治的には僕に同意できなくても、アニメ的には同意できる人。アニメ的には僕に同意できなくても政治的には同意できる人、いるんじゃないでしょうか?

もしいたとすれば、僕が思うに、その人は矛盾を抱えているわけです。

 

今の政治状況やアニメ状況は一体「誰が悪い」のか? 「自分が悪い」のか? それとも「政治家/アニメ製作者が悪い」のか? 「無投票層/購入しないオタクが悪い」のか? それとももしかして「自民党支持派/萌え豚が悪い」のか? 果たして誰が悪いのか、政治とアニメを同時に考えてみてはいかがでしょうか?

 

そうそう、次は硬派厨やマイナー志向なオタク達について、ニーチェの思想を用いて考えてみようと思います。

でも「マイナー志向」「ニーチェ」が出てくれば、もはややることは分かりきってる、一つしかないですよね?

 

 

※追記

僕は確かに「投票しない若者」で「投票は無駄だ」と思っています。

ただ、やってから言うのはなんですが、そういうことを公表するのはどうかな?とも思う。

なにしろ僕の一票が無力なのには違いないけれど、その主義主張を公表した途端、それは一票だけの問題ではなくなるわけですから。

もちろんそれは、誰にも読まれないようなネットの片隅でもです。自分の弱さ(この場合は影響力の無さ)を理由に自分を特別に許すのは、奴隷道徳的だし好きではない。

だから本来は、内心では「投票は無駄だ」と思っていながらも外面では「投票には意義がある」とポーズをとるのが僕のセオリーだったのですが、今回は曲げました。そうする理由があったからです。理由については記事の中で述べました。

といって、それですべてが贖われるとは思いませんし、このような弁解を重ねてもやっぱり無罪にはならないでしょう。

矛盾していること承知で言いますが、この記事を見た人には投票してほしいし購入してほしい。もちろん出来る範囲でです。

本当に、この不条理はどうにかならないかと思います。要するに今の僕にはまだ解決できません。一方で、この不条理の一般的な形を捉えれば、別の悲劇にも適用できるようになるのかな、とも思います。それについては、また、何か思いついたときに書きます。