話しかけないでください。オタクのことが嫌いです

オタクの嫌いなところを列挙したり解説します。ときにはオタク達の矛盾を指摘します。話しかけてもいいですよ。でも。オタクのことが嫌いです。

弱肉強食バトルロイヤルブロッコリー

 一番許し難いのは中途半端さだなって思うわけだよ。

 「所詮この世は弱肉強食」って感じで暴力もなにもかも肯定してしまえるなら自分が他人にふるう暴力や有形無形の加害、罵詈雑言にしたってまぁなんとなく、共感はできなくても理屈はわかる。でもそうじゃない。単にいくじがないだけだから筋が通っていない、深く突き詰めるほど理屈が通らなくなって分からなくなって最後には投げ出す。いや、投げ出すこと自体はいい、それもまた弱肉強食的な態度であってそれを貫き通せる人間ならなるほどとは思うよ。でもそれでもない。一体なんなんだ。

 わかんねぇ。

 なにがって、まぁ2chとかまとめサイトとかそういうとこにいるそういうやつですよ例によって例の如く。

 弱肉強食はいいよ?

 誰をどんな作品をどんな風に馬鹿にしたってかまわない、差別なんて概念すらない、不倫も剽窃もなにもかも自由だ。一体この自由をまともに受け止められる人間がこの世の中にどれだけいるだろうか?

 要するに、中途半端なんだよ、彼らは。

 自分の気に入らない人間や作品を馬鹿にするわりにはあまりにもナイーヴ、耐えられない、すこしでも。不倫を許すことはできない、剽窃を許すことはできない、悪を許すことができない、正義の執行者。しかし悪ってなんだ?どういうつもりで言ってるのかなああれは?自分のしてきたことを、自分が悪であることを忘れたんだろうか?いや、もちろん世の中には悪じゃない人間だっている。他人を傷付ける言葉を吐かない、批判をする時も相手を気遣うことのできる人間ってのはいるし何人か知ってる。でもそういう人間でもない。あれほんと不思議なんだけどあの人たちって自分は悪だって自覚はあるのかな?

 小悪党なら悪じゃないとでも思ってるんだろうか?いやまさか、自分が悪であることよりも小悪党であることを信じてなさそうだ。もちろん小悪党なんだが。いやでも実際そっちの方がいいよ、マシだよ。まだ自分のことを大悪党だと思ってる方が気持ちがいいよ。でもそれですらない。どこにいるんだ本当に?

 

 例えばだ。

 「批判は必要だろ」って話はある。特に作品に対して、批判が無いとその界隈は腐るという根拠のよくわからない話は腐るほどある。

 それを海女さんの萌えキャラやのうりんポスターや男根のメタファーに適用してみよう。「批判は必要だ」。ほら、あまりにも簡単なんだ。ほんのすこし手を動かすだけで彼らの嫌う種類の「余計な」批判まで正当化できる。

 彼らは批判する側に立ってる時はかなり調子に乗って弱肉強食的だからいくらでも材料はある。彼らは嫌いな作品はとことん貶す、それでなにが悪いんだって思ってる。じゃあポルノを見るのが嫌いな女性が二次元の萌え絵を批判してなにが悪いんだ?

 なんで彼らの論理がこれほど脆弱なのかっていうとまぁ単に頭が悪いんだろうけど、もちろん「彼ら」がひとりの人間じゃないってこともある。とはいえ、最初はそうでもネットに入り浸るうちにネット的な価値観を内面化してしまって、ネットの矛盾をひとりで上演しちゃってるような人間はいくらでもいるがな。「ネットにいるのは一人の人間じゃない」と言って互いの矛盾を誤魔化し合うせいで検証もできないから、矛盾を取り込みやすい場であるわけだ。もちろん自分の頭が良ければそれは避けられる。避けられる弾だ。が、避けられない。

 

 それは論理の不徹底の一形態だ。

 もちろん彼らに限った話じゃない。そもそも論理が徹底されてる場なんてほとんどどこにもない。にもかかわらず「論理」「論理」と口々に言ってる奴はまぁ僕も含めて大半は詐欺師だ。が、そんなことはどうでもいい。

 問題は、論理はわりに簡単だってことだ。そりゃ難しい問題はいくらでもあるが、大抵の問題は簡単に片付く。問題はそれを受け入れる心の準備はあるか?ってことだ。問題が多いな。

 もちろん論理を徹底すれば価値判断は消え失せ良いも悪いもなくなる。それ自体は簡単だ。そこにたどり着くいろんな道がある。短い道が。でも全面的にそれを受け入れられる人間はあまりいない。受け入れられるつもりでもどこかでチョンボをする。せざるをえない。参加せざるをえない。

 不倫を許せない、剽窃を許せない、悪を許せない、劣を許せない、劣があると思ってる、信じてる、劣を、だから、劣を悪を批判するのはいいことだと無邪気に本当に信じてるのか?信じ難いな。流石にそんなに馬鹿なのか?

 ただともかく彼らにおいて論理が徹底されることはない、わりに他人には論理を求める、中途半端なんだ。馬鹿が付くほど。

 

 彼らを正当化する道はもちろんある。

 弱肉強食だ。

 だがもちろん、それを持ち出せば彼らは器が小さいだけの糞しょうもない人間になる。弱肉強食だっつってんのに他者を糾弾することなんかできるはずないだろっつっても彼らはわからない、んか?んだろうな、きっと。弱肉強食の世界でそれでも自分は「正しい」とか相手は「間違ってる」とか批判する「権利」とか考えてるんだダサいったらない。弱肉強食という描像の中での彼らの位置は本当に中途半端でダサい、というより痛々しい、なんというんだろう、正確に自己認識できていないというか、なんか勘違いしちゃってる痛々しさがある。誰もがする勘違いとはすこしズレたそれ。

 まるで政府があると信じてる羊だ。犬とかライオンとか虎とかに咬まれてる最中も「政府が~政府が~」と言い続ける。助けを求める声なのか呪う声なのかはわからないけど、政府なんて無いんだと彼らに教えてやらないとこっちまで恥ずかしくなるので困る。もし本当に弱肉強食なら。の話。

 

 弱肉強食でないなら、要するに俺達は保護されてるってことだ。保護されつつ弱肉強食を装って弱肉強食のルールのままに他者を傷付けてるってのはもちろん甘えだ。ニートの内弁慶な暴力・罵言に似てる。

 どっちを選ぶかって話。弱肉強食か、そうじゃないか。前者なら傷付けていい代わり傷付けられるし、断罪できない、善悪も優劣もない。後者なら保護があり、その前提のもとに善悪や優劣がとりあえずゆるやかに仮構されてる、むろん、信じなくてもいい、その代わりそこはもう弱肉強食じゃないんだから、他人に気遣わなければならない。ちゃんとそうやって生きてる奴はいる。前者は少ないだろうが、後者はいる。人を傷付けないように生きる人。つまり可能だ。できないことじゃないってことだ。じゃあ、やらないのは当人の甘えに過ぎない。簡単な話。

 

  いつまでもわがままを言うのは可能だ。実際それがいま。だからこうなってる。彼らってる。だが、そういうのを乱す言葉がないわけじゃない。というよりそれはそこらじゅうに落ちてる、彼らが落とした、彼らはよく落とす、矛盾を、ゴミのように、実際ゴミだ。批判はすべきだから二次元も批判されるべきだし、嫌悪感を根拠に叩いたって構わない、表現の自由なんてただ便利だから使ってるだけで誰も信じてないなら無視していい、それでなにが悪い?不倫が何故悪い?人を傷付けるから?正解だ、では普段のあれはなんだろう?不思議だよね。とどんなところからでも矛盾がどばどば流れ出てるので拾い放題汲み放題。こんなのは一例にすぎないし、望めばいくらでも出てくる。

 当たり前の話だが、人間がいなければ善悪もない。善悪は人間に先んじてあるわけじゃない。どうしてそうなるんだろうな?人間がなにか特別なんだろうか、ってまぁ特別で、人間は楽しんだり傷ついたりする、根拠はそれだけだ。そこが価値判断の源泉であり論理とは関係ない。だから、人が傷付いたりすることを考えに入れてない善悪観や正義感なんてのは都合のいい嘘に過ぎない。善悪とか正義とかってのは、言い換えれば「傷付けるかどうか」それでしかありえない、ありようがない。

 つまりどれだけ御託並べようが傷付けたらそれまで、正義とかアホらしい、どんな顔して信じてんだよアホかって話で、もちろん本当は信じてるわけじゃないって言い訳は受け付けるし実際そうなんだろう。やりたいからやってるだけ。弱肉強食だ。ホラ回ってきた。ホラが回り回ってきた。

 

  どこまででもこんなことは続けられる。

 彼らが愚かで甘えん坊の中途半端である限り。

 

 

 (執筆:ラック荻上